2012年1月21日 (土)

フロとテロ

またまた久しぶりの更新。
1日があっという間に過ぎて行ってしまうような気がしている。
ほとんどが病院と家の往復ですが・・・。
ささやかな抵抗という感じで、たまに着物を着てみたり。

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今月に入ってから母が体調を崩し、父の病院に行くのは姉と私の交代制ということになってしまった。母はストレスから来る高血圧で、いままで高血圧になったことのなかった母は、高血圧である自分にドキドキしてさらに高血圧になっている。そしてそれがまたストレスに・・・
今は処方していただいた薬で血圧が下がりはじめたので、負のスパイラルからは脱却しているけれど、一時はどうなることかと気を揉んだ。
病院では、マバタキで会話を出来るようになった父が、現在の自分の状況を理解し落ちこんでしまったので、必死に励まし、家ではストレス満載の母を楽にさせようとお灸やマッサージ・・・。
ちょっと過酷な年の初めであります。

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そんな中、増殖するあみねこ。
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デカいのと小さいの。
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小さいのはみーちゃんのお気に入り。

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デカいのとみーちゃん

今日は主治医の先生から話があるということで
母を半月ぶりに病院へ連れて行った。
久しぶり父と対面して、
「お父さん、ごめんね、ごめんね」と母は繰り返していた。
父はマバタキを何回もして「わかっているよ」という気持ちを伝えていた。

病院に行って驚いたことがあった。
父がお風呂に入ったと言うのだ!!
身体を自分では動かせない父だから、リフトでぐぃぃぃぃんと
お風呂に入れてもらったという。
事故以来約4ヶ月ぶりの入浴だ。
今までは身体を拭くことはしてもらっていたし、
何回か洗髪もしてもらったけれど、
お風呂に入れることは夢だと思っていた。
本人も喜んでいると思い
「お父さん、気持ち良かった??」と聞くと、反応無し。
反応がないということは違うと言うことだ。
「気持ち良くなかったの?」と聞くと、パチリとマバタキ。
「もしかして、恥ずかしかったの?」ときくと、パチリとマバタキ。

紙オムツの交換の時も、「お父さん、私ここにいてもいい?」と聞くと
嫌がった父。恥ずかしいのかと聞くとそうだとマバタキ。
やっばりお風呂もそうなのか。

こんなに色んな事を考えている父だけれど
主治医の問いには、ほぼ反応しないらしい。
なので主治医は父の意識の回復はしていないと診ているのだ。
今日説明を受けたMRIの画像でも、父の脳の萎縮は進んでいるので
そう思うのも無理はないのだけれど、実際に私は父と会話をしている。
家族と医師の認識のギャップが甚だしいのだ。
今日は何回も父の普段の様子を主治医に話した。
「しかし、画像で見るとそんな反応をする状態では・・・」
「僕の問いには、反応しないんですよ」
実はこの先生、コミュニケーションが下手と家族内での評判なのだ。
説明も下手だし、もごもご喋るし、人の目をあまり見ないし・・・。
密かに父のプライドを傷つける発言をしてしまっていたのではないだろうか?
そうだったら父は絶対に返事をしないだろう。

看護師長さんが「ご家族と先生では反応が違うようですね」とフォローをしてくれて、
主治医も「私もこれから注意して様子をみますね」と言ってくれた。
その場はそれで収まったけれど、父が返事をしないと話が進まないので
病室に戻ってから「お父さん、先生の質問に返事してないでしょ?
返事をしないと意識が戻っていないと思われちゃうんだよ。
今度から頑張って返事をしてよね」と頼んでおいた。

こんな日々を送っている私も実はお疲れ気味。
じつはもっとお疲れなのは、猫のみーちゃんらしい。
みーちゃんは「トイレ以外でオシッコをする」のを2回やらかした。
これは実家ではいままでなかったことだ。
ちなみにこれを、「チッコテロ」と呼んでいる。
東京の私のアパートでは、仕事が超過密なときに
廊下に水たまりを作ったことが数回と
バイクのヘルメットの中に1回してくれたことはあったのだが・・・
テロの理由は寂しいからなのか、トイレ自体に不満があるからか、
家の中の不穏な空気を感じてからか、判明していない。
今回実家では玄関のタタキ部分でオチッコをしてしまった。
コンクリートの上にオチッコをし、置いてある靴を砂の代わりに
チッコ方面にケリケリするのだ。
テロがこのまま連続すると玄関=トイレになってしまいかねないので
トイレの増設をしようと思っている。
今のトイレは茶の間にあるのだが、以前は私の部屋に置いてあったので
(寒いだろうという理由で茶の間に移動した)
私の部屋にもトイレを置いて選べるようにしようと考えている。
トイレはネットで注文済みだ。
これでテロが収まってくれることを願っている。

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父の枕カバーを洗濯のために持ち帰ると
みーちゃんは「じーちゃんの匂い」に大興奮。
はやく会いたいね♪

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2012年1月 1日 (日)

年を越す

2012年になった。

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入院中の父は無事に年を越すことができた。
前回の更新から1ヶ月以上も間が空いてしまったが、この間にいろいろな事があった。

12月2日に両親の51回目の結婚記念日を迎えた。
父が一般病棟に移った。(耐性菌が出ているので個室に隔離)
成年後見人の申請が通った。(初めて家庭裁判所に行った)
母が体調を崩しがちになった。(心労から自律神経が乱れているみたい)
久しぶりに仕事をした。(まだ現場感は鈍ってないと思う)
父が声は出せないけれど「はい」と口を動かすことが出来た。
(夢を見ながら何かを喋っていることもある)
父のマバタキでの返事が確実なものになり、目覚めている時の父はかなり状況を理解しているとわかった。
手足の感覚はあるが、本人が動かすことは出来ないとわかった。
医師から急性期は過ぎて慢性期に入ったと言われた。

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今日の父は、まぶたをぱっちり開けた。
目がパッチリ開いた原因だが、母が父の所属する俳句の会報に載っていた句を詠んで聞かせたからだと思う。
選者の方の1人が書いた句だが、
【富士冠雪 ◎井△朗帰還せよ】とあったのだ。
父への同人への帰還命令である。
父はかなり衝撃を受けたようだった。

目をパッチリ空いたので、今日はテレビを着けてみた。
サッカーの天皇杯を「見える?」聞くと
まぶたをパチパチ。「テレビは着けておいて良い?」パチパチ。

しばらく観た後少し眠り、また目覚めて世界遺産の番組を観ていた。
「お父さんは世界遺産、好きだもんね」パチパチ

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そのあと、しばらく父と話をした。
(私が一方的に喋り、父が返事をするというものだけど)
元旦の朝に父がいないと、おせちを食べる時に父が「明けましておめでとう」と言ってくれないと正月らしくないよ。パチパチ
お父さんが家にいないとほんとに困っちゃうんだよ。パチパチ
お父さんが寝たり起きたりするのを自分がコントロール出来るようになれば、
すぐに眠りの国に戻ってしまわないようになれば、喉につけた機械も取れるし
ご飯も口から食べられるようになるよ。そしたらおうちに帰れるよ。パチパチ

少しでも長く起きていられるように頑張ってね。意識障害ってやつだからね。
そう話していたら父の目が泣きそうだった。
お父さん、ごめんね。お父さんは頑張ってるだもんね。お父さんが一番家に帰りたいよね。ぱちり

自分の身体をコントロール出来ない父はどんなに悔しいだろう。
それをわかっているのに父に話してしまう私は残酷なのだろうか?

そんな話をしたので、父は一生懸命起きていようと頑張っていたけれど
やはり眠りの国に戻ってしまった。

今年は少しでもこちら側にいる時間を長くできると良いのだけれど・・・

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EKKAとみーちゃんはとても元気。
最近、寝るときにペットボトルにお湯を入れて湯たんぽにしているのだが、
これをみーちゃんがいたく気に入り、ペットボトルを抱えるように寝ている。
みーちゃんに湯たんぽを毎晩取られてしまうので
EKKAはペットボトルを追加してみーちゃん分とEKKA分を用意している。


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2011年11月30日 (水)

近況

久々の更新です。

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最近、寒いのでみーちゃんは半纏を着ております。
過保護と言われようと、寒い思いはさせたくな〜い!!
みーちゃんが服を着ることを嫌がらない子でよかった、よかった。

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やんちゃもしてますが、お留守番もちゃんとしてくれているので
ほんとに助かります。
できれば、宅急便の受け取りも出来るようになってくれると・・・(o´д`o)=3

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このところ、がっつりとした物を作る時間が取れないので
ずっとおなじ「あみねこ」を作り続けてます。
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みーちゃん柄のあみねこ

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姉の家のの子になる子

じーちゃんの枕元で頑張る「じーちゃん応援隊」、
北海道にお輿入れする2匹、姉にもらわれていく子など・・・
最近は編んでも手元には残りません。

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窓辺に並べてみたり

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戦隊モノみたいなアングルで撮ってみたり

母からはこれ以上父の枕元にあみねこを増やすな!!とも言われてますので
手元に残らなくてもまぁいいかと。
編み物をしているときは、そのことだけを考えるので
気分転換になります。
縫い物もしたいけれど、いつでもどこでも父の傍らでも出来るのはかぎ針編みです。
棒針や縫い針は、凶器になっちゃうから見知らぬ人からみたら怖いですよね。

父の様子ですが、皆様が回復を祈ってくれているおかげで
小康状態を保っています。
ぶっちゃけ意識が戻らぬまま、安定しているということなのですが・・
それでも家族にとっては生きてくれているのが嬉しいのです。

事故後2か月以上経過して、最近撮ったMRIの画像では
脳の萎縮が見られました。
使っていない脳の部分(使うことができないというべきか?)が
だんだんと縮んできているのです。
その画像は家族皆で見たのですが、以前の画像と比べて
一目瞭然でしたので、かなりショックを受けました。
医師からは、回復の見込みはないと再びの宣告を受けました。

それでも、父がほんの少しの反応を示してくれるので
私は希望を持ってしまいます。
懐かしい曲を耳元で聴けば、じっと聞いているし、
痰の吸引の時に「おとうさん、お口を開けて」と言えば嫌そうだけど開けてくれます。
こちらから話しかけると時々大きな瞬きをしてくれるのは、
返事をしてくれているようにしか思えないのです。

そんな反応があったりなかったりするごとに
一喜一憂しています。

みーちゃんは父の枕の匂いが大好きなのですが、
父が使わなくなって2ヶ月以上経ち
匂いが少なくなって来たのか、枕にじゃれついたり乗ったりすることがなくなりました。
みーちゃんにはじーちゃんのことを忘れないでいてほしいのだけど、
忘れないでいてくれるかなぁ。そういう小さな変化が寂しく思えます。

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とはいえ、まだまだやらなければならないことがあるので
泣いてばかりではいられません。
成年後見人の申立、次に移る病院探し、母の介護疲れ問題・・・
すべて私が背負っているわけではないけれど、
やはり荷は重いです。
それと、休んでいる私の仕事問題。
いつまで休むのか?それともこのまま廃業か?
いろいろ考えてしまいますが、答えはでません。

ない頭で考え過ぎたせいか、今朝はぎっくり腰になりました。
(みーちゃんのトイレ掃除をしているときにグギッッッと)

そんなこんな近況ですが、なんとかEKKAとみーちゃんは生きております。
ご飯もちゃんと食べてます。
更新頻度が少なくなってしまいましたが、こうして書くことで気持ちの整理が付けられます。
 なにかと暗い話題になりがちですが、本人は案外笑っていたりするので
あまりご心配はしないでくたざいね〜♪

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2011年10月26日 (水)

父の世話した作物

数日前から首が痛くなっている。
10年以上前に、頭を打ったときに頸椎ヘルニアと言われたのが
再び痛くなってきたのだ。
首も痛いが、右の肩胛骨の下のあたりに痛みがビシビシ走る。
右腕も少し痺れたような感じと、手に薄いゴム手袋をはめているような感覚がある。

そんなことで、父の病院に顔を出せないことが3日間続いた。
「うーん、うーん」と唸りながら動く私に
母はお父さんは落ち着いてるから来なくて良いと言う。
私が車を運転しないと、母は電車で遠回りをして通うことになるので
申し訳なく思った。

今日は3日ぶりに病院に行った。
すると父が「あみねこ」で可愛らしくなっていた。

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胸ポケットに2匹が抱き合っている。

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胃に栄養を送るためのチューブにしがみつく子。

看護師さんが、父を着替えさせる時に
この子たちも飾っていってくれたらしい。

この子らは父の応援隊です。
この前、私が言ったのを覚えていてくれたのかな?

父は肺炎になっていたのが治りかけてきて
今日の熱は36.9度。
熱がないと顔つきがスッキリして見えるし
目を良く開けてくれる。

目を開けている時に話しかけると
声がする方向を見ているような気がする。
もしかして見えている?と思い
父の目の前で手を動かしてみるが、それに対しては反応がない。

今日は山形から叔母夫婦が見舞いに来てくれた。
話しかけたりすると目を開けたり瞬きをするので
わかっているように見える。
それでも先生は深昏睡状態だというのだけれど・・・

明日、父の熱が上がりませんように。
明日、父が反応を見せてくれるように。

帰り際にはいつもそう思う。

庭では父が世話していた野菜が実をつけている。

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ししとう

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ピーマン

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オクラ(赤いオクラ)

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檸檬

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フルーベリー(季節はずれなのになっている)

世話をしてくれた父がいないのに、実をどんどんつける。
母と私はせっせと、それを食べている。
でも、もう少ししたら採れなくなるんだろうな。

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肌寒くなってきたので、みーちゃんにお洋服を着せた。
いつの間にか、成長していて寸足らずになってしまった。
3歳だけど、まだ成長しているのかしら?


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2011年10月17日 (月)

可能性

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昨日のみーちゃん。
秋とは思えぬ暑い日だったので、午前中にお風呂に入れた。
そのあとは日向ぼっこして乾かして・・・
その最中の動画です。
階段の上にこさえたハーブなどを乾燥するための棚の上です。

父の様子だが、相変わらす意識不明のまま。
(今日の話は長いです)

一昨日、先生から父の状態についての説明があった。
MRI画像を見ながら詳しく話を聞いた。

この白い点として見えているのが軸索が損傷して・・
この前頭部の上の部分が、脳挫傷で・・・
父は脳挫傷と軸索損傷の両方が起きているということなのだ。

父の今の状態は深昏睡という状態らしい。
wikiで「昏睡」を調べると
【昏睡とは、外部からどのような刺激が加えられても、脊髄反射以外の反応がない状態とされる。ただ、脊髄反射は認められる。また、痛み刺激に顔を少ししかめる患者も昏睡に含められる医学論文が多くある。その場合でも、「痛み刺激に対し全く反応しない(JCS300)」が、深昏睡とされる。】

家族から見ると顔もしかめるし、泣き顔になって嗚咽するような呼吸をしたり、
ツボを押すと痛そうにするんだけど・・・・

けれど、これだけでは昏睡状態から覚めないのはおかしいので
神経内科の先生方と話し合った結果として
脳挫傷+軸索損傷+低酸素脳症ではないか?という話になったそうだ。
頭を打ったその瞬間に呼吸が止まり、
目の前に来ていた救急車で運ばれたけれど
その救急車には挿管できる隊員さんは乗っていなかったそうだ。
運ばれるまで口から空気は送り込んでくれていたけれど
それだけでは酸素が足りなくて、脳が低酸素にさらされたと・・・
脳が低酸素状態に5分間あれば、ダメージは出るのだそうだ。
その後で幾ら人口呼吸器をつけても、前の状態には回復しないのだ。


先生は、意識が回復する可能性はゼロに等しいと話した。
脳細胞は壊れたら回復することはない。
神経はもう一度繫がることはあるが、
父の場合は意識の戻り具合と年齢から考えて
その速度が極めて遅いという。
もし意識の改善が見られても、数年かかって少し改善するというレベルだろうと。
意識がない以上は気管切開して器具をとりつけているのははずせない。
気管は普段細菌にさらされていないが、気管切開をしていると
細菌に感染する可能性が高く、そこから肺炎になりそれを繰り返すのは避けられない。

延命治療の方針についても細かく伺った。
容態が急変したときに、家族がそばにいなければ
どのような処置をするのか現場が迷うのだそうだ。
現代の医学では生かそうとすれば、様々な機械を使って
人間の臓器の代わりをしてくれるからいくらでも生かすことが出来る。
本人又は家族の意志かどうかがわからない時は、どこまででも延命することに
力を注ぐことになるという。
でも延命治療にはリスクもある。

血圧が下がった場合は昇圧剤を使った場合、
血管を収縮して血圧を上げる薬を長期使うと
手足などは血行が悪くなり紫色になることは避けられない。
強心剤的なものを使うと、心臓にむち打って働かせるという状態になる。
両方とも長期に使用することはリスクが伴う。

心臓マッサージは、大人が全力で胸を押すと2分で疲れ切ってしまうので
2分交代で全力でやらなければ効果が得られない。
そのくらい強い力でやる必要があるので、肋骨、胸骨が
ほぼ100パーセント折れる。
折れて肺や他の臓器を損傷させる可能性も高い。

人工呼吸は取り付けたら、外すときの決断が難しい。
回復して外すなら良いが、これで終わりにするという決断は
家族全員の同意を得なければ出来ない。

説明を受けて、父に出来ることは全部やって欲しいと考えていた気持ちが揺れた。
最終的には母の気持ちを尊重したいと思っているけれど
母も気持ちが揺れているようだった。

ご家族でよく話し合って答えを出してください。
患者さんのことを大切に思っているご家族ほど答えを出すのは難しいと思いますが・・・
先生はそういった。

そして昨日、父の具合が変化した。
午後の早い時間は、気持ち良さそうにして目を開けている時間が多く、
父の友人が見舞いに来ていたので友人の話も聞こえているようだった。
お見舞いのお友達が帰ってしまうと、泣き顔になって嗚咽していた。(そんな呼吸に)
今日は随分と外界に対して反応するなあと母と姉とともに喜んでいた。

そのあと突然に父は呼吸を休みがちになった。
呼吸を20秒くらい休んで、また再びするのだが
モニターの表示のラインが真っ直ぐになり、0と表示されるので
驚いて看護師さんを呼んだ。
看護師さんは驚いた様子もなく、「呼吸を休んじゃうんですねー、
先生もモニターで確認してますから
大丈夫ですよー」と。
えええっっっっ、全然大丈夫じゃないんですけどっ!!!!
姉は酸素とか送らなくて大丈夫なんですか?と聞くと
先生と相談してきますね〜
看護師さんにとっては、緊急事態ではないらしい。

これが急変というヤツなのだろうか?
姉の夫も駆けつけた。

看護師さんは補助的に少し酸素を送っておきますねと
細いチューブを気管切開しているところに繋げた。
とりあえずは酸素濃度が低くなることは避けられた。

姉が父の耳元で、父の呼吸の速度に合わせてゆっくりと歌った。
父の知っている曲をたくさん歌った。
父も姉の歌に合わせるかのように呼吸をし、
呼吸を休むことはしなくなった。
私も母も父の呼吸が止まらないように一緒に歌い続けた。
しばらく歌い続けていたら、父が安定してきたように見えた。

そして、母と姉夫婦と私の4人で、延命について話し合った。
父の枕元ではもしかしたら父が聞いているかも?と思い待合室に移動した。
母は今日の昼間の父の良い状態を見ると
まだ諦められない、まだ意識状態が今よりは良くなる可能性があるように思える。
まだ体力も落ちていないから、もう少し頑張りたいと。
その気持ちは全員が同じだった。
そして治療をどこまでお願いするかの答えを出さなければならない。
母は心臓マッサージをして、他の臓器を損傷しては
その時は生きられても他の合併症を起こしてしまうだろうと言う。
そうするとお父さんをよけいに苦しませそうだから
心臓マッサージは嫌だと。
皆、思うところはあるけれど、母の気持ちを尊重しようということになった。
父と共に50年以上生きてきたのは母なのだから。

担当医にそのことを伝えたいと看護師さんに申し入れをしたが
救急搬送がたくさん来ていて、手が離せないという。
ドラマのERのようだ。(救急病棟だからERなのだろうか?)

面会時間が終わってしまうので、今晩中に父が急変したときのことを
考えて看護師に延命の方針を伝えておいた。

そして今日、自宅に何も連絡が入らなかったのは
急変がなかったということだと信じて母と病院に向かった。

父は落ち着いているようだった。
脈拍も血圧も戻り(昨日は脈拍は多すぎて、血圧は低かった)
呼吸数もちゃんとし、酸素濃度も良くなっていた。

昨日のことは一体なんだったのだろう?
お友達が来て嬉しくて興奮してしまったのだろうか?
きっとこういうことはこれからも繰り返すのだろうねと母が言った。

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父の枕元にいるあみねこ達。
体位交換するため、私たちがその場を離れ戻ってみると
あみねこ達のポーズが変わっていた。
看護師さんが変えてくれたらしい。

あみねこ達、看護師さんと仲良くなったのね♪


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2011年10月 6日 (木)

UP and DOWN

一昨日の夕方、父の2回目のMRIを撮った。
1回目は救急車で運ばれた直後で、
脳が腫れているのであまりよくわからなかったらしい。
肺を廻りの膜に貯まっていた水も抜けたし、
熱、呼吸なども落ちついたし、浮腫みもだいぶ引いたと言うことで
2回目の撮影となった。

撮影後に画像を見て検討してお話ししてくださるとのことだったが
午後5時頃、救急車がひっきりなしに来始めてて
救急病棟の先生方、看護師さんらがその対応に追われはじめた。

母と私はずーっと待っていたけれど、先生の手は空かないようだった。
救急病棟だからこういうこともあるのだろう。
翌日の14時に時間を取るということで、その日は帰宅した。

そして昨日。
午前中に市の公園管理課から電話があり、お見舞いに伺いたいとのこと。
いまから来るというので待っていたが、なかなか来ない。
1時間ぐらい後に、ぞろぞろと4人でやってきた。
お見舞いに果物を置いていった。
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消防署長さんに渡しておいた父が足をひっかけたと思われる鉄筋の写真が
公園管理課に回って、すぐに対処しろとの話になったらしい。
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でもね、男4人でぞろぞろと果物を持ってこなくてもいいと思う。
公園の管理の手落ちとかで謝るわけでもなしで。
事を荒立てる気もないので、果物を受け取って帰ってもらったが。

午後、病院の先生からのお話を聞いた。
びまん性軸索損傷の疑いがより強まったとのこと。
脳の活動としては、普通の4分の1程度。
おそらく、これ以上の改善は難しい。
1年か2年の単位での改善はあるかもしれない。
ただし、MRIを見る限りここまで意識レベルが低いとは思えないので
脳神経内科の先生に診てもらおうと考えている。

今すぐではないが、病状が安定したら
リハビリ設備のある病院に転院することを考え始めてほしい。
ソーシャルワーカーが相談に乗るので
ご家族が通いやすい病院など相談してほしい。

もし、今後病状が悪化した時の場合のことも家族で話し合って欲しいと。
つまり心臓が止まったら、心臓マッサージはしますか?などの
どこまで延命処置をするのかについてだ。

頭がぐるぐるして、だんだん何も考えられなくなった。

病室に戻り、父の横に座っていたら
涙がとまらなくなって困った。
泣いても何も解決しないのに。

父に「うちに帰ろう、早く起きて」と耳元で話してみた。
先生の話によると、父は意識不明で
せいぜい痛覚がある程度とのこと。
でも、父は私の声で顔をくしゃくしゃにして泣き顔になるのだ。

医学的にはどう見るのかはわからないが
家族から見ると、父はどこかでわかっていて
治ろうと頑張っているとしか思えないのだ。
先生からのお話を聞いてしょげていた母と私に
父は「おれはがんばっている」と言っているように感じた。

そして、今朝のこと。
消防署から電話があった。
父の怪我が公務災害補償の認定が降りたとのこと。
公務?? なんで?
救急業務協力による災害ということで降りたらしい。
ありがたいことだ。
これで父の医療費は市がもってくれる。
9月分だけでも200万を越えるという(1割負担だから20万円強)
半月でこれだから、丸々1ヶ月だと40万円くらい払わねばならなかったわけだ。
一家心中しなくちゃならないところだったのが、救われた。

母は、補償ががおりるよりお父さんが治ってくれる方が良いとつぶやいた。
確かにそう思う。
でも、これはこれ。医療費を出していただけるのは現実的に考えて助かる。
それと父が治るのは別問題。
父の医療費を稼ぐために家族総出で働いて
面会にも行けなくなるのは避けられたのだ。

一昨日、昨日、今日と
気分が上がったり下がったりと慌ただしかった。

家に帰ると、みーちゃんが「ごはん欲しい」と「甘えたい」と「遊んで」の気持ちが
ごちゃごちゃに混じって、大騒ぎになる。
とりあえず、ごはん。
そして抱っこ。
その次に母と私は食事をするのだが、その間「遊んでくれ〜」と
ずっと鳴き続けている。
なので食後すぐに遊びが始まる。

みーちゃん、毎日お留守番をしてくれてありがとう。

下の写真は、西表山猫のぬいぐるみとみーちゃんの2ショット。
父と母が去年の暮れに沖縄旅行に行った際に
父がみーちゃんへのおみやげにと買ってきたぬいぐるみだ。
肝心のみーちゃんは関心を示さず、父はがっかりしていたが
今日は何故か仲良く並んでいた。

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これナニ???

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じーちゃんのおみやげなの?

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じゃ、記念撮影する♪

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2011年10月 3日 (月)

泣き顔

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父の病室から見た夕暮れの空

父は相変わらず意識は戻っていない。
けれど、少しずつ薄皮を剥がすように回復しているような気がする。

熱が36度台をキープしている。
眼球が浮腫んでいたのが、スッキリしてきた。
呼吸数が安定。
胸に貯まっていた水があまり出なくなった。

ここ2日ほどの間の大きな変化は
父が顔をくしゃくしゃにして泣き顔のような表情をするようになったこと。
最初は私が肩胛骨付近の肩こりのツボを押していたら
顔をくしゃくしゃにして「痛いよ」というような顔をしたのだ。

母と私は、父が痛みを感じて、それを顔の筋肉を動かして表現したことに大喜び。
(父は痛かっただろうに)

その次は、姉が耳元で歌を歌っていた時に
顔をくしゃくしゃにして、今度は泣きそうな顔になってしまった。
歌が父の心の中の何かを揺り動かしたらしい。

今日は、私が父に「早くおうちに帰ろうね〜」と父の顔を撫でながら
何回も言っていたら、いきなり泣き顔になってしまった。
母が慌てて、「良くなったら帰れるから頑張ろうね、治るから大丈夫だよ」と
顔を撫でていた。
父もお家に帰りたいんだ。外出してもすぐに家に帰ってきてしまう父だから
やっぱりお家が恋しいんだ。
そう思うと、夕刻に父をおいて家に帰るのがしのびなかった。

そして留守宅を守るは、我が家の総領息子、みーちゃん。

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大好きなじーちゃんの匂いのする枕の上で、お留守番を務めている。
みーちゃんも寂しいのを我慢しているから
帰宅するとたくさん褒めている。

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ほんとはお昼寝してるの

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2011年10月 1日 (土)

父のまぶた

まぶたの父ではない。

父のまぶたである。
相変わらず意識不明という状態が続いている。

でも時々目を開く。

今日はまぶたをパチパチと何回も動かした。
瞬きです。

今まであった熱も36.9度まで下がりました。
父の平熱は35度台なので、まだ高いのですが
一番高いときは39度台だったことを考えると良くなってきているはず。

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(EKKAのキャリーバッグを寝床と認定して寝ているみーちゃん)

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みーちゃんは、じーちゃんの枕の匂いが大好きで
主が不在の枕を愛好している。
枕の上にのってころんころんと転がったり
爪を立てたり噛み噛みしたり。
きっとみーちゃんのじーちゃんへの愛の表現なんだろう。

病院から帰宅すると、みーちゃんは鳴いて大騒ぎをする。
空腹と寂しさがごちゃ混ぜになって、鳴きながらEKKAの肩の上に乗ってしまう。
EKKAは肩に乗せたままみーちゃんのウェットフードを用意するのだ。
みーちゃんはご飯の汁の部分だけ先に飲んでしまうと
ご飯を放り出して遊びのリクエストが始まる。
かーちゃんとばーちゃんはこれからご飯を食べるのに
そんなことはお構いなしに「遊ぼうよ」と要求する。

いつもならばじーちゃんがみーちゃんの相手をしてやる時間なのだが
そのじーちゃんはいないのだ。
誤魔化し程度に、ほんの少し遊んで
そしてEKKAらはご飯を食べることにしている。
するとみーちゃんもお付き合いするように自分のご飯を食べ出す。
ご飯の後は、再び遊びの催促が始まるのだけど。

ご飯といえば、意識のない父のご飯は
朝昼夕、1日3回の100mlの高栄養のどろっとした液体だ。
鼻から食道までいれたチューブからその液体が入る。
口の中を通過せずに食道に入るのでは味なんかしないだろう。
せめて香りぐらいは感じられるのだろうか?

お隣のベッドの方が今日から口からご飯を食べられるようになった。
配膳されてご家族が口に運んでいる姿を見て
正直、羨ましいと思った。

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2011年9月28日 (水)

意識不明

久々の更新。
このところかなり手強い仕事が続き、更新する気力がなかった。
9月の25日に千秋楽の公演が終わった途端、母から電話があった。

「明日から帰ってきて」

いつもと違う声色に驚き、聞き出すと
1週間前に父が怪我をして入院したと言う。
私の本番が終わるのを待っていたのだと。
そして父は意識がないという。

翌日からの仕事を慌てて他の人に頼みこんだ。

翌日、みーちゃんを連れて実家に帰り、
みーちゃんは実家に残して父の車を運転して病院に向かった。

救急病棟というところに父はいた。


沢山の管に繫がれ
喉には呼吸のための穴があけられ、頭に大きなガーゼ、
顔は腫れ、手足は浮腫んでいた。

でも確かに父だった。

一週間前の夕方、父と母は公園の脇の道を散歩していた。
歩いていると先に何かが地面に転がっているのをみつけた。
近寄ると女性が気を失って倒れているので、慌てて救急車を呼んだ。
救急車がわかりやすいように、道まで出て手を振ってくれというので
母が道端に立ち、父が倒れている人の傍にいた。
サイレンが聞こえ、母は救急車に手を振って合図をし、
音を聞いた父は公園の植え込みの間の人が通っているために通路になってしまっている所を
通って道に出ようとした。
その瞬間、父はまるでプールに飛び込むように、
つんのめって路面に頭から落ちたのだ。

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(父が足を引っかけたと思われる土から飛び出た鉄筋)

母が「おとうさん、何しているの!!」と叫んで近寄ったときには
頭から大量の血が流れ、息が止まっていた。

救急隊員は、父の方が重傷と判断して父を乗せて行くことになった。
倒れていた女性にはもう1台の救急車が呼ばれた。
こういう場合、救急車の相乗りというのはないものらしい。

外傷は頭の切り傷のみ。
脳にも傷はついていないし、脳梗塞も起きていないという。
今の状態は、ものすごい衝撃を脳が受けた状態らしい。

翌日から自発呼吸はあるが、少し弱い。

私が眠り続ける父と会って今日で3日目。
3日間でも毎日状態が違う。
目をたくさん開けている日(焦点はあっていない)
ぼんやりしている日
疲れた顔をして反応をあまりしない日

後退はしていない(と思いたい)が
めざましい反応もない。

何ヶ月も意識不明で、目が覚めた人もいるという。
まだまだ先は長いのだろう。
長くなる覚悟をしなければならないのだろう。

当面の仕事は、他の人に代行してもらうことになった。
今は父の傍で、話しかけたりして刺激を与えたいと思う。

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(屋台のように点滴が吊されているもの→同じ病室の人全員分)

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じーちゃんがいなくて、ご不満のみーちゃん

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2011年8月 8日 (月)

大事な物は包む

大事な物は包む。

ということで、包まれてしまったみーちゃん。
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心地よかったのか、そのまままったりしていた。
エアコンを効かせているから、猫にとっては包まれていて丁度良いくらいなのかもしれない。

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本日完成しためでゅーさ猫キック。
水玉柄攻撃だけど、色合いは可愛らしくしたので
草間彌生風にはならなかった。
(草間さん、好きなんですよ。ただ、脳内がぐるぐるしてしまうのだ)

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この子はどこのお家にいくのだろう?

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